あゆマロの履歴書②

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こんにちは!あゆマロです。

ここからは履歴書②をお話していきます。

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あゆマロの履歴書① こんにちは!あゆマロです。 まだこのブログを始めて間もないので、 私のことをより深く知ってもらえれば思い、 今回この記事で「あゆマロの履歴書」を書いてみました!...

それから牛丼屋のバイトを見つけて、2つのバイトを掛け持ちするようになった。

新しいバイト先の人たちはみんな仲が良く、私にも普通に接してくれた。

「あーこんな世界もあるんだなー」と、ここで初めて自分の居場所を見つけられた気がした。

最初に働いていたうどん屋は、経営が傾き始めていたので、私も別にここに執着する必要はなかったので、すぐに辞めた。

18歳、家と牛丼屋を往復する毎日。

友達もいない、彼氏もいない、やりたいこともない、なりたい職業もない、お金もない、ただ時間だけが大いに“余って”いた。

そんな私が手を出したのは、当時社会現象にもなっていた出会い系サイト。

高校生の頃、面白半分で登録した出会い系サイトで、同年代の溺愛彼氏を見つけたことがあった。

高校の頃もしばらく出会い系サイトに手を出している時期があったりした。

だからぶっちゃけ、ネットでの出会いに対して何の抵抗もなかった。

そんな楽しかった思い出を再燃させるため、改めて登録することにした。

そこから毎日毎時間、携帯にかじりつき、男を漁る毎日になっていた。

見たこともない相手から、メールの中で少し優しい言葉をかけられるだけですぐ好きになっていた。

そんな私の条件はこれだ。

年上で私の話を聞いてくれて、空いてるときはいつでも連絡をしてくれて、寂しさを紛らわしてくれる人。

これさえあれば、誰でもよかった。典型的な恋愛依存症。

甘い言葉に騙されて、会ってすぐに身体を許す。そしてすぐに音信不通。

なのに私は自分が「騙されている」なんて思っていなかった。

「私の態度が相手のことを傷付けてしまったんだ。私のせいだ。」

そうやって自分で自分のことを傷付け続けた。

そしてまたすぐに新しい相手を探す毎日。

とにかく一人でいることが怖かった。

寂しさを紛らわすために男が必要だった。

プライベートではそんな男漁りを続けている私も、仕事の方では「頑張った分だけお金がもらえる」という魅力に気付き、いつからか、バイトの掛け持ちをするようになっていた。

【平日】

9時~15時 牛丼屋

16時~21時 衣料品店

22時~0時 ソフトクリーム屋

【土日】

9時~15時 ラーメン屋

休みは基本、土日の15時以降のみ。

それでも働いたら働いただけ収入が増える毎日が楽しくて充実していた。

時給はそれぞれ950円、1000円、1,500円、1000円。

まかないが出ることで、食費も気にしなくていい生活に幸せさえ感じていた。

20歳の時、バイト先のソフトクリーム屋で同い年の店長がいたのだが、その子がいつしか友達になっていた。

私の今までの経験、恋愛事情、仕事のこともなんでも話ができる仲になっていた。

その子には職場に好きな人がいたのだが、片思いだった。

そして、その好きな人の友達に好意を抱かれていた。

いわゆる三角関係ってやつ。

それぞれの友達を巻き込んで、ほろ苦くも楽しく青春を謳歌していたようだった。

それを見ていた私はいつしか「私は一体なにをやってるんだろう…」と思うようになっていった。

同い年で同じ仕事をしている女の子(もちろんその子は店長だけど)が、充実したプライベートを送っている。

なんだかとても空しくなった。

それから、一切の出会い系サイトを退会し、今まで連絡を取っていた男性たちの全ての連絡先を消して、アドレスも拒否設定して、初めて「一人の時間」を持つことにした。

何度も何度も同じ過ちを繰り返しそうになった。

それでも「私が望む幸せはここにはないはず。私は心から愛する男性と暮らしてきたい。」その理念を胸に抱き、「男性のいない生活」を2年続けた。

そんな折、ミクシィというSNSが流行り始めた。

男性との出会いではなく、趣味の合う友達との交流を望み登録したそこで、運命の出会いを果たすことに。

彼は私の8個上で、趣味が同じで家も近く、彼と過ごす毎日が楽しくいつしか恋愛感情を抱いていた。

彼も私と同じ気持ちでいてくれて、2年ぶりに彼氏ができた。

ついに、私の青春が始まった。22歳の遅咲きだった。

この頃、父と母が金銭的衝突と価値観の不一致から離婚して、母と犬と3人で小さな賃貸アパートで住むようになっていた。

しかし、私には大好きな彼がいる。

休みの日はいつも一緒、仕事終わりに遊びに行くことも。

友達に紹介してもらったり、毎週のようにお泊りに出掛けたりもしていた。

一緒に沖縄や海外旅行に行ったことも。

心から信頼できて、本当に大好きな彼だった。

バイトを掛け持ちし続けていた私はいつしか

「このまま彼と結婚して、パートとして働いて生きていくのかな~」なんて、軽く考えていた。

自分には相変わらずやりたいこともないし、しいて言えばお金持ちになりたいぐらい?(笑)

でも自分には到底無理だし、縁のない世界だと思っていた。

そんな矢先、親の知り合い経由でアムウェイなるネットワークビジネスという存在を知ることになる。

「不労所得」という言葉を初めて知った瞬間だった。

「働かなくても収入が得られる」「どこで何をしようが、勝手にお金が入ってくる」

確かに今のバイト掛け持ち生活は嫌いじゃないけどしんどく感じることがあるのも事実。

てかそもそも、働いていないのに今の給料とは比べられないほどの収入を得ることができる。

年収250万円の私が、年収1000万、2000万、成功すれば1億円も夢じゃない。

この世には、そんな夢みたいな話があるなんて信じられない。衝撃が走った。

そして、すぐに彼にも興奮しながら伝えた。

「そんなうまくいくわけないよ」

とても冷たい口調だった。

それでも、中卒でバイト掛け持ちの私の気持ちなんてあなたに分かるわけない!と思い、反対を押し切りメンバーに加入。

それからあれよあれよという間に100万円のローンを組んでいた。

モチベーション高く始めたビジネスだったが、人に商品を勧めるという行為自体が苦手だった。

友人の少ない私は、職場の人に声をかけることもしてみたが、断られるどころか「そんなものを勧められるために仲良くなったわけじゃない」と言われて無視されるようにもなった。

それでも私のメンターは「最初はそういうものだから!こういうことを繰り返していけばいつしか慣れるよ。みんなそういう苦い経験を乗り越えて、年収1000万を手にしているんだ。1000万だよ?何ができると思う?」

こうやって洗脳されていった。

そのうちに、大好きな彼が私の勧める商品を購入してくれないという不満から、「この人とはレベルが合わない」と思うようになり、いつしか彼を見下すようになり、私から別れを告げた。

mixiで出会ってから4年半後のことだった。

引き続きアムウェイに人生の全てをかけていた私は、バイト先を変え、新しい職場で苦痛ながらも紹介できる人を探す毎日。

新しく仲良くなった人ができては嫌われ、仲良くなっては嫌われる毎日を過ごしていた。

そのうち、誰も私と仲良くしてくれる人がいなくなった。

27歳になって、またもや一人ぼっちになってしまった。

アムウェイの知り合いは、それぞれのネットワークを持っており、その中に誰も紹介する人が1人もいない私が入れるわけもなく…

人に勧めるのが苦手な私がネットワークビジネスなんてできるわけない。

もうやめよう。一人細々と生きていこう。

気まずい仕事も辞めて、一から人生やり直そう。

そうは思っても、私には学歴がない。

大した資格も持ってないし、やれることがないのだ。

だけど、賃貸で母と家賃を折半して働かなきゃいけない、ローンも返さなきゃいけない私は、高収入の仕事を探すことに。

ブサイクでデブな私には、夜の仕事を選ぶこともできなかった。

昼の職種で時給が高く、学歴や資格がなくて、未経験でもできる仕事…

結果、その答えは営業職だった。

「来店されたお客様に商品の説明をして契約するだけの簡単な仕事です^^」

求人広告に踊らされて、面接に行くことに。

この頃、母が携帯電話の販売の仕事をしていたので、私も高時給で働きたい!と思い、「モバイル商品の販売」という↑の求人に応募したのだ。

時給は1500円。当時の私からしたら破格中の破格だった。

携帯を1人1台持っている時代に、売れないわけがない。

1500円もらえるなら絶対やりたい!

そう思い、面接に行ったところ、携帯ではなくモバイルルーターの販売だった。

たしかに、モバイル商品…間違いではない。。

広告に踊らされた自分の安直さに落ち込み、断わりを入れ帰ろうと思ったが、面接の担当さんに

「携帯と違ってシンプルな1プランしかないので仕事を覚えるのも簡単ですよ^^」

「携帯の仕事で未経験1500円はさすがにないと思う…」

「モバイルルーターの販売方法を覚えれば、携帯の知識にも活かすことができるし、まずは簡単なこっちから仕事を始めてみませんか?^^研修も充実してますよ^^」

とクローズされ、YESと言ってしまった。。。

最初は大型の家電量販店で複数人のうちの1人として稼働が始まった。

今までは、牛丼やソフトクリームが食べたいお客さんに、商品を提供していたが、営業の仕事は自分からアプローチして、自分から商品の提案をして成約に結び付けていく。

こんな大変なことだとは思わなかった。

ここでようやく、営業職の給料が高い理由を理解した。

そして、彼が私にアムウェイを勧めなかった理由をここでようやく気付いた。

私の性格をよく理解していたからこその言葉だったんだな、と気付き、深く傷付いた。

また、私の配属された店舗には、携帯電話を販売している店員もうじゃうじゃいた。

(本当は自分があそこにいたはずなのに…)

高い給料に目がくらみ、未経験からコツコツ学んでいくという選択肢を自らの手で潰した自分の愚かさに涙が出た。

数か月後、1人店舗への配属が決まった。

相変わらず売り上げが乏しい私にも、同じ業界の仲間ができるようになっていった。

そのうちの一人の女性から「携帯の販売がやりたいならうちの会社おいでよ!」と声をかけてもらった。

契約社員としての雇用を提案してくれたのだ。しかも今よりいい給料で。

営業職を始めて入社1年後のことだった。

遠回りながらも、諦めずに仕事を続けてきてよかったと感じることができた。

そして面接後、晴れて入社が決まり、いざ店舗の配属が決定した。

モバイルルーターの販売で初めて配属されたあの大型店舗への配属だった。

(本当は自分があそこにいたはずなのに…)

そう思っていたことが嘘のように嬉しかった。

しかし、大型店舗のため人も多く、新人への当たりもきつかった。

「モバイルルーターの販売してたんなら基礎があるってことだよね?じゃあもう新人じゃないね!」

「こっちは回転数も気にしないといけないし、そもそもあなたも1人としてカウントされてるんだから、自分のことをいつまでも新人だと思わないでね」

入って1ヶ月もしないうちから相当辛辣な言葉を掛けられていた。

そうは言っても、携帯電話の販売なんて初めてだし…

初めて聞く言葉ばかりだし、脳が追いついていかない…

でも同じこと聞くと怒られる…

聞かずに間違えても怒られる…

やりたかった仕事なのに苦痛しかなかった。

それでもまだ入社したばかりだし、ここで辞めたらせっかく私を誘ってくれた女性への面目が立たない。

やるしかなかった。

休みの日は別の家電量販店や携帯ショップを回って他のスタッフさんの知識と提案力を盗み、終業後は家に帰ってからもカタログやマニュアルに目を通し勉強漬けの日々が始まった。

一通りの仕事を覚えた後は、近所の本屋やブックオフに足を運び、営業の極意についての本を読み漁った。

すると3ヶ月後、成果は数字として表れた。

15人いる店舗スタッフの中で、販売台数1位の成績を収めたのだ。

新人なのに、1位。自分が一番驚いた。

それから、自分の頑張りが認められるようになり、先輩からイビられることも皆無となった。

そこからは、あれよあれよと実績を上げていき、たった1回のことではあるが、全国1位の販売実績をあげることもできたのだ。

1年後、上司に呼び出された。

店舗リーダーになってほしい、という話だった。

何度も言うが、

(本当は自分があそこにいたはずなのに…)

こう思っていたあの店舗で、リーダーになってほしいと依頼されている。

夢のような話だった。

努力は報われる。この言葉を人生で初めて経験した。30歳の頃の話。

そして、リーダーとして店舗運営に携わったのち、エリアマネージャーへの昇格が決まった。

数か月後、インフルエンザにかかった。

といっても、辛いのは最初の3日程度だけ。

そこから4日間はやることもなくベッドで暇を持て余していた。

この暇な時間に「私の人生ってなんなんだろうな~これからどうなっていくのかな~」と考えた。

「中卒 仕事」 「学歴なし 金持ち」 「学歴なし 仕事 高給」…

ネットサーフィンをしていると、元皿洗いがアフィリエイトなるもので1億円稼いだというブログを見つけた。

「アフィリエイトってなんだろう…」

よく分からないままその人のブログを見ていると、どうやらパソコン1つで1億円という大金を稼いだと書いてある。

「んなバカな…」

アムウェイで痛い目を見ていたり、営業として人の心理を学んでいた私は「そんなうまい話があるわけない」と信用せずに読み進めていった。

しかし、この人の言っていること、やってきたこと、全て理にかなっている…!

こんな衝撃を受けたのは生まれて初めてだと思うほど、未だに7年以上前のあの日のことを鮮明に覚えている。

すぐにメルマガに登録して、彼の電子書籍を読んだ。

彼は、たとえ学歴のない私にもチャンスがあるということを教えてくれたのだ。

数日後、オファーメールを受け取り、彼の情報商材を購入した。

30万円ぐらいだった。

貯金のなかった私は、少ない給料の中から月1万円のローンを組んだ。

でも、たった30万円のリスクで1億円稼げるなら、それはもうリスクでも何でもないよね?と思い、即決だった。

いざ、講座を受講する。

…うん。分からない。分からなさすぎる。そして情報量が多い。追いつかない。

仕事をしながら片手間でビジネスをするのは、並大抵な努力では無理だと感じた。

それでも、暇を見つけては動画を見て、教材を見て、必死に勉強を続けた。

やっとこさ、ブログが出来上がった。メルマガも作った!

…誰も来ない。誰にも見てもらえない。

そのうち、勉強する気が失せていき、PCを開かない日の方が多くなって、私のブログは化石化していった。。そしてまた、元の日常に戻っていった。


20代は色んなことにチャレンジしてきましたね。

労働収入、不労所得、営業職、そしてネットビジネス…

「努力は裏切らない。」

営業の仕事に出会って、私の人生で初めてその言葉に触れることができたと実感しました。

でも、それはあくまで <自分に合った方法だったから> です。
私は人見知りで人間不信の過去があるので、
もしア〇ウェイで努力をし続けても自分の健康に支障をきたしていたはずです。

自分のできる方法で成功を収められてよかったです。

しかし、ネットビジネスにも出会ったはずなのに、
努力は裏切らないはずなのに、また途中で諦めてしまいましたね~


さて、ここから30代に突入するあゆマロは一体どうなっていくのでしょうか?!

続きの③はこちらからどうぞ^^

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